中川ホメオパシー 

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小泉今日子 浅野忠信 相米慎二 / 風花

釣り
ワケもなくフィッシング


毎度です。 ギャグ漫画ゲリラ・中川ホメオパシーの堂島孝平担当、ブロッケンです。

相米慎二監督の映画『風花』を観ました。

故郷に子供を置き去りにしてきたピンサロ嬢のレモン(小泉今日子)と、性格も酒グセも
最悪のエリート官僚の廉司(浅野忠信)。 自分の居場所を失った二人が出会い、成り
行きまかせでレモンのふるさと・北海道を旅する、せつない大人のロード・ムービーです。

1980年の『翔んだカップル』で映画監督としてのキャリアをスタートさせた相米慎二
が、2001年に他界するまでに世に送り出した作品の数は全部で13作。そしてこの『風花
は、その内の13作目、つまり遺作にあたる作品です。

風花”とは、冬から春へと向かう晴れた日に、まだ雪の残る山肌を撫でて飛んでくる細雪
(ささめゆき)の事なんだとか。 それと同時に『風に舞う花びら』といった、字面通りのイメー
ジも喚起させる、イイ言葉ですよね。 事実この物語も、桜舞い散る夜明けの公園からスタ
ートして、最終的に北海道の雪原に辿り着くワケで、“花”と“雪”のイメージを併せ持つ“
”という言葉は、まさに本作にピッタリなんじゃないかな、と。

酒にまつわるスキャンダルのせいで失脚したエリート官僚・廉司を演じるのは浅野忠信。な
んでも浅野忠信氏は、実生活では滅多にお酒を飲まないらしいのですが、そんな事など微
塵も感じさせないほど見事な(?)ヨッパライぶりを披露しておりました。役者だなぁ。  で、こ
の廉司ってのがまた心底ダメダメな男でして、上述した通り性格も酒グセも最低最悪、おま
けにインポテンツだってんだからもう大変。そんな彼の愚息を元気づけるべく、麻生久美子
浅野忠信の目の前で自慰に耽るシーンがあるんですけど、ここはマジでコーフンしました
ね(*゚∀゚)=3ハァハァ  …結局、浅野氏のアレは勃ちませんでしたが、おかげさまで僕の愚息
はビンビン。 やだもう(*´▽`*)

人生に疲れた風俗嬢・レモンを演じるのは小泉今日子。 キョンキョンって、その快活なパ
ブリック・イメージとは裏腹に、どこか闇や疲弊感をひきずった役柄に抜擢される事が多い
ですよね。『トウキョウソナタ』もそうでしたし、『グーグーだって猫である』も、さりげなく“死”
について考えさせられる内容でした。

そんな二人が、ピンク色のレンタカーで北海道をあてどもなく旅するワケですが、雄大で解
放感に満ちた北の大地!的な浮き足立ったムードは皆無で、むしろ地方都市特有の閉塞
感や寂寥感の方がより際立っていました。 このドン詰まり感が、主役二人の寄る辺ない心
模様と絶妙にリンクしていたと思います。

相米慎二氏といえば、役者を極限まで追い込む演出方法や“ワンシーンワンカットの長廻
”といった数々の“伝説”とワンセットで語られる事の多い監督ですが、この“風花”は、そ
ういった大仰さとは一線を画したシンプルな味わいに仕上がっております。ただし、レモンが
雪山で自殺を図る直前に、やおらダンスを踊り始める場面の唐突さなどは、いかにも相米監
督らしい演出ですよね。 ここでいう“相米監督らしさ”とは、理屈やリアリティを飛び越えて直
接感情に訴えかけてくる演出―という意味で、その最たる例が『台風クラブ』における“オカリ
ナ”のシーンではないでしょうか。  

キョンキョンが雪原で舞い踊るシーンで使われる、印象的な音楽を担当したのが大友良英
氏。なんでもこの曲、笙(しょう)とベトナムの一弦琴に電気的な処理を施して完成させたもの
なんだとか。 ちなみに大友良英氏は、魚喃キリコ原作の映画『blue』の音楽も担当してお
り、そちらの方も実に素晴らしい内容でした。

それから、スタッフロールにちょこっとだけ登場するカエルの声が 実は笑福亭鶴瓶だったの
も、無闇に豪華で笑えました。 このカエルは、レモンが娘の元へ帰ってきたという意味の“帰
る”とかけた、相米監督なりのシャレだったのかな。  どうなんだろ?


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  1. 2010/06/02(水) 18:55:01|
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香川照之 小泉今日子 井之脇海 / トウキョウソナタ

空中浮遊
ワケもなく空中散歩




毎度です。 ギャグ漫画ゲリラ・中川ホメオパシーのハルカリ担当、ブロッケンです。

黒沢清脚本・監督の映画『トウキョウソナタ』を観ました。 素晴らしかった。

東京都心に狭いながらもマイホームを構えて暮らす佐々木一家。 しかし父・竜平(
川照之
)は、長年勤めてきた会社からある日突然リストラを宣告され、途方に暮れる。
その事を家族に気取られないように、失職後も会社に通うフリを続ける竜平。 そんな
彼の事情など知る由もない次男の健二(井之脇海)は、ピアノを習いたいと両親にせが
み、続いて長男の貴(小柳友)が米軍に入隊する事を唐突に告げる。  少しずつ家族
内に広がっていく不協和音。 その中心に取り残された母(小泉今日子)の心に空いた
穴もまた、じわじわと大きくなっていくのであった…というあらすじ。

日本ホラー映画界の巨匠・黒沢 清が最新作で挑んだのは、なんと意外にも家族ドラ
マ。平凡な家族に訪れた、平凡な悲劇とその顛末を淡々と、そして迫真のリアリティー
をもって描いた傑作だと思います。

一家の大黒柱である父親・竜平を演じるのは香川照之。 突然のリストラを境に、社会
的な地位や家族内における権威をいっぺんに失ったにもかかわらず、なおもそれらに
固執しようとする中年男の、悲哀に満ちた“現実”を見事に体現しておりました。

香川照之が“現実”の象徴であるとすれば、世界の―そして日本の平和を守るために
米軍入隊を志す長男・貴はさしずめ“理想”の、そして並外れたピアノの才能を有する
次男・健二は“可能性”の象徴といったトコロでしょうか。

そして、家族とは“理想”と“現実”と“可能性”が一堂に会し、それぞれの立場から一方
的な主張をするだけの、いわば“ディスコミュニケーションの現場”であるという、諦観め
いた視点。 これこそが今作のムードを決定付けているように思います。

そんな閉塞感に満ちた家族の中心にポツリと取り残され、自らの預かり知らぬトコロで
全ての物事が進んでいくような空虚感に苛まれる母親(小泉今日子)。 彼女が家族の
為に作り、そして誰からも食べられる事の無かったドーナッツは、そのまま彼女の心に
ポッカリと空いた穴のようです。

黒沢清氏は、一貫して“恐怖”にこだわり続けてきた監督ですが、そのこだわりは今作
においても健在。  香川照之と時を同じくしてリストラの憂き目にあった同級生(津田
寛治
)の、『俺等って、ゆっくり沈んでいく船みたいだよな。 救命ボートなんかとっくに
行っちゃっててさ』という言葉からは、絶望的な状況を打開する手段など何ひとつ見つ
からないまま、ただ静かに終わりを待つしかないという、なぶり殺しにも似た恐怖を読
み取る事ができましょう。  そしてこの恐怖は、幽霊や妖怪の類がもたらす恐怖とは
比べものにならないほど多くの人々の命を奪っているという事は言うに及びません。

このように、物語は終始重苦しいムードで進んで行きますが、強盗に扮した役所広司
が佐々木家に押し入るシーンだけは、なぜか妙な可笑しさがありました。 極限状況の
おかしなテンションのまま小泉今日子を人質にとり、盗んだクルマであてもなく走り出
役所広司。 そのとき盗んだクルマというのが、小泉今日子が以前から乗ってみた
かったオープンカーだったってんだから、まさしく泣き笑い状態。 でも、人生って意外
とそういうモンなんスよね。 イイ事と悪い事って、大体ペアでやって来るんだよなぁ。

…それにしても、『家族ゲーム』や『歩いても歩いても』、あるいは『逆噴射家族』など
など、“壊れかけの家族”を題材にした映画って、どれもメチャクチャ面白いのはどうし
て? みたいな事を考えてたら、もっかい『家族ゲーム』が観たくなってきました(´∀`)


 
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  1. 2010/05/18(火) 12:13:28|
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