中川ホメオパシー 

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香川照之 小泉今日子 井之脇海 / トウキョウソナタ

空中浮遊
ワケもなく空中散歩




毎度です。 ギャグ漫画ゲリラ・中川ホメオパシーのハルカリ担当、ブロッケンです。

黒沢清脚本・監督の映画『トウキョウソナタ』を観ました。 素晴らしかった。

東京都心に狭いながらもマイホームを構えて暮らす佐々木一家。 しかし父・竜平(
川照之
)は、長年勤めてきた会社からある日突然リストラを宣告され、途方に暮れる。
その事を家族に気取られないように、失職後も会社に通うフリを続ける竜平。 そんな
彼の事情など知る由もない次男の健二(井之脇海)は、ピアノを習いたいと両親にせが
み、続いて長男の貴(小柳友)が米軍に入隊する事を唐突に告げる。  少しずつ家族
内に広がっていく不協和音。 その中心に取り残された母(小泉今日子)の心に空いた
穴もまた、じわじわと大きくなっていくのであった…というあらすじ。

日本ホラー映画界の巨匠・黒沢 清が最新作で挑んだのは、なんと意外にも家族ドラ
マ。平凡な家族に訪れた、平凡な悲劇とその顛末を淡々と、そして迫真のリアリティー
をもって描いた傑作だと思います。

一家の大黒柱である父親・竜平を演じるのは香川照之。 突然のリストラを境に、社会
的な地位や家族内における権威をいっぺんに失ったにもかかわらず、なおもそれらに
固執しようとする中年男の、悲哀に満ちた“現実”を見事に体現しておりました。

香川照之が“現実”の象徴であるとすれば、世界の―そして日本の平和を守るために
米軍入隊を志す長男・貴はさしずめ“理想”の、そして並外れたピアノの才能を有する
次男・健二は“可能性”の象徴といったトコロでしょうか。

そして、家族とは“理想”と“現実”と“可能性”が一堂に会し、それぞれの立場から一方
的な主張をするだけの、いわば“ディスコミュニケーションの現場”であるという、諦観め
いた視点。 これこそが今作のムードを決定付けているように思います。

そんな閉塞感に満ちた家族の中心にポツリと取り残され、自らの預かり知らぬトコロで
全ての物事が進んでいくような空虚感に苛まれる母親(小泉今日子)。 彼女が家族の
為に作り、そして誰からも食べられる事の無かったドーナッツは、そのまま彼女の心に
ポッカリと空いた穴のようです。

黒沢清氏は、一貫して“恐怖”にこだわり続けてきた監督ですが、そのこだわりは今作
においても健在。  香川照之と時を同じくしてリストラの憂き目にあった同級生(津田
寛治
)の、『俺等って、ゆっくり沈んでいく船みたいだよな。 救命ボートなんかとっくに
行っちゃっててさ』という言葉からは、絶望的な状況を打開する手段など何ひとつ見つ
からないまま、ただ静かに終わりを待つしかないという、なぶり殺しにも似た恐怖を読
み取る事ができましょう。  そしてこの恐怖は、幽霊や妖怪の類がもたらす恐怖とは
比べものにならないほど多くの人々の命を奪っているという事は言うに及びません。

このように、物語は終始重苦しいムードで進んで行きますが、強盗に扮した役所広司
が佐々木家に押し入るシーンだけは、なぜか妙な可笑しさがありました。 極限状況の
おかしなテンションのまま小泉今日子を人質にとり、盗んだクルマであてもなく走り出
役所広司。 そのとき盗んだクルマというのが、小泉今日子が以前から乗ってみた
かったオープンカーだったってんだから、まさしく泣き笑い状態。 でも、人生って意外
とそういうモンなんスよね。 イイ事と悪い事って、大体ペアでやって来るんだよなぁ。

…それにしても、『家族ゲーム』や『歩いても歩いても』、あるいは『逆噴射家族』など
など、“壊れかけの家族”を題材にした映画って、どれもメチャクチャ面白いのはどうし
て? みたいな事を考えてたら、もっかい『家族ゲーム』が観たくなってきました(´∀`)


 
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  1. 2010/05/18(火) 12:13:28|
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オダギリジョー 香川照之 / ゆれる

パーマン
ワケもなくパチモン


どうも。 ギャグ漫画ゲリラ・中川ホメオパシーの電動コケシ担当、ブロッケンです。

西川美和監督・脚本による映画『ゆれる』を観ました。 素晴らしかった。

東京でカメラマンとして活躍する早川猛(オダギリジョー)が、母親の法事の為、久しぶりに
山梨の実家に帰省する。 その夜、猛は、兄・稔(香川照之)の経営するガソリンスタンドで働
いていた昔の恋人・智恵子(真木よう子)と再会、そのまま一夜を共にする。
あくる日、猛と智恵子と稔はドライブがてら渓谷へと向かう。 猛がひとり、写真を撮っている
時、智恵子がゆれる吊り橋から転落して死んでしまう。 その時、智恵子の隣りに居たのは
稔だけだった。 果たして、吊り橋の上で何が起こったのか…?というあらすじ。

この『ゆれる』というタイトル、『ゆれる吊り橋』にかかっているのはいうまでもなく、『裁判が
進むにつれて微妙にゆらいでいく、猛と稔の心模様』にもかかっているんですね。

退屈な田舎町を飛び出して、東京でカメラマンとして成功を収め、カネにも女にも何ら不自由
しない、『イケてる男』のサンプルの様な弟・オダギリジョーと、田舎のガソリンスタンドで働く、
誠実さだけが取り柄のような冴えない兄・香川照之のコントラストがあまりにもリアルで残酷。

智恵子の死後、稔が心の奥底に押し込めて、表に出さないようにしてきたルサンチマンが
一気に爆発するシーンがあるんですけど、稔のキモチ、分かるなァって感じです、ボク。

真面目にコツコツやってる人間が必ずしも報われないのが、世の悲しい常ですが、その不条
理から解き放たれて、束の間の夢や希望を垣間見せ、観客にカタルシスをもたらすのが、映
画の役割のひとつだと思います。  しかし、この『ゆれる』にはそういったカタルシスは皆無。

にもかかわらず、この作品が多くの観客に賛辞をもって迎え入れられたのは、人間の弱く儚い
絆のゆらぎが、誰にも身に覚えのある痛みとして、共感を喚起したからではないでしょうか。

…話がいささか観念的になってまいりましたので、ここら辺でやめときますが、この『ゆれる
は、予定調和のハッピーエンドに向かって収瞼していく娯楽映画では味わえない、ズッシリと
した感慨を得る事の出来る、数少ない傑作だと思います。  ぜひとも。


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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

  1. 2009/09/05(土) 11:30:09|
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