中川ホメオパシー 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

香川照之 小泉今日子 井之脇海 / トウキョウソナタ

空中浮遊
ワケもなく空中散歩




毎度です。 ギャグ漫画ゲリラ・中川ホメオパシーのハルカリ担当、ブロッケンです。

黒沢清脚本・監督の映画『トウキョウソナタ』を観ました。 素晴らしかった。

東京都心に狭いながらもマイホームを構えて暮らす佐々木一家。 しかし父・竜平(
川照之
)は、長年勤めてきた会社からある日突然リストラを宣告され、途方に暮れる。
その事を家族に気取られないように、失職後も会社に通うフリを続ける竜平。 そんな
彼の事情など知る由もない次男の健二(井之脇海)は、ピアノを習いたいと両親にせが
み、続いて長男の貴(小柳友)が米軍に入隊する事を唐突に告げる。  少しずつ家族
内に広がっていく不協和音。 その中心に取り残された母(小泉今日子)の心に空いた
穴もまた、じわじわと大きくなっていくのであった…というあらすじ。

日本ホラー映画界の巨匠・黒沢 清が最新作で挑んだのは、なんと意外にも家族ドラ
マ。平凡な家族に訪れた、平凡な悲劇とその顛末を淡々と、そして迫真のリアリティー
をもって描いた傑作だと思います。

一家の大黒柱である父親・竜平を演じるのは香川照之。 突然のリストラを境に、社会
的な地位や家族内における権威をいっぺんに失ったにもかかわらず、なおもそれらに
固執しようとする中年男の、悲哀に満ちた“現実”を見事に体現しておりました。

香川照之が“現実”の象徴であるとすれば、世界の―そして日本の平和を守るために
米軍入隊を志す長男・貴はさしずめ“理想”の、そして並外れたピアノの才能を有する
次男・健二は“可能性”の象徴といったトコロでしょうか。

そして、家族とは“理想”と“現実”と“可能性”が一堂に会し、それぞれの立場から一方
的な主張をするだけの、いわば“ディスコミュニケーションの現場”であるという、諦観め
いた視点。 これこそが今作のムードを決定付けているように思います。

そんな閉塞感に満ちた家族の中心にポツリと取り残され、自らの預かり知らぬトコロで
全ての物事が進んでいくような空虚感に苛まれる母親(小泉今日子)。 彼女が家族の
為に作り、そして誰からも食べられる事の無かったドーナッツは、そのまま彼女の心に
ポッカリと空いた穴のようです。

黒沢清氏は、一貫して“恐怖”にこだわり続けてきた監督ですが、そのこだわりは今作
においても健在。  香川照之と時を同じくしてリストラの憂き目にあった同級生(津田
寛治
)の、『俺等って、ゆっくり沈んでいく船みたいだよな。 救命ボートなんかとっくに
行っちゃっててさ』という言葉からは、絶望的な状況を打開する手段など何ひとつ見つ
からないまま、ただ静かに終わりを待つしかないという、なぶり殺しにも似た恐怖を読
み取る事ができましょう。  そしてこの恐怖は、幽霊や妖怪の類がもたらす恐怖とは
比べものにならないほど多くの人々の命を奪っているという事は言うに及びません。

このように、物語は終始重苦しいムードで進んで行きますが、強盗に扮した役所広司
が佐々木家に押し入るシーンだけは、なぜか妙な可笑しさがありました。 極限状況の
おかしなテンションのまま小泉今日子を人質にとり、盗んだクルマであてもなく走り出
役所広司。 そのとき盗んだクルマというのが、小泉今日子が以前から乗ってみた
かったオープンカーだったってんだから、まさしく泣き笑い状態。 でも、人生って意外
とそういうモンなんスよね。 イイ事と悪い事って、大体ペアでやって来るんだよなぁ。

…それにしても、『家族ゲーム』や『歩いても歩いても』、あるいは『逆噴射家族』など
など、“壊れかけの家族”を題材にした映画って、どれもメチャクチャ面白いのはどうし
て? みたいな事を考えてたら、もっかい『家族ゲーム』が観たくなってきました(´∀`)


 
続きを読む
スポンサーサイト
  1. 2010/05/18(火) 12:13:28|
  2. 映画レビュー
  3. | トラックバック:29
  4. | コメント:0

麻生久美子 加藤晴彦 小雪 / 回路

やわらかおじさん
ワケもなく変形


どうも。 ギャグ漫画ゲリラ・中川ホメオパシーのゆらゆら帝国担当、ブロッケンです。

黒沢清脚本・監督の映画『回路』を観ました。

園芸店で働くミチ(麻生久美子)の同僚が、原因不明の自殺を遂げる。 その事件を
境に、彼女の周囲の人間が一人、また一人と姿を消していく。 同じ頃、大学生の川
島(加藤晴彦)が自宅でインターネットを始める為にPCのセットアップを行っている
と、突如モニターに“幽霊に会いたいですか”というメッセージと共に、黒い袋をかぶ
った不気味な男の映像が映し出される。 ネットを媒介して加速度的に広がっていく
恐怖。 世界では今、何が起ころうとしているのか?…というあらすじ。

日本ホラー映画界の最重要人物・黒沢清監督の2001年の作品。 全編を通じてな
んともいえない閉塞感に満ちた、イヤ~な作品でございます。 “PCのモニターに映し
出される、黒い袋をかぶった男の素顔を見てはいけない”、“街中のいたる所に点在
する『あかずの間』に入ってはいけない”というのが本作におけるタブーであり、その
タブーを破った人間は最終的に自ら命を絶つか、もしくは黒いシミとなって消えてしま
うという“ルール”に則って物語は進んで行きます。

あかずの間のドアの隙間は赤いテープで塞がれており、中には“幽霊”が待ち受け
ているのですが、これは“ドアの隙間を赤いテープで塞いで密室を作ると、数日後
に部屋の中に幽霊が現れるようになる”という都市伝説をベースに考えられた設定
なんだとか。 麻生久美子の同僚(松尾政寿)が、うっかりあかずの間に入ってしま
い、その中で女の幽霊に遭遇する場面が、すこぶるイヤ~な感じなんですよ。 想
像を絶する恐怖ってワケじゃないんですけど、折にふれて何度もフラッシュ・バック
しそうな、ジワジワ来るタイプの恐怖というか。

しかも、いったんあかずの間に侵入した人間には、何処からか“あかずの間の作り
方”というファックスが送られて来て、その人間もまた新たなあかずの間を作り上げ
てから死に至るという、負の連鎖のオマケ(?)付き。 誰がそのようなファックスを送
りつけて来るのか、どうしてあかずの間の中には幽霊が居るのか、何故幽霊に遭
遇すると死んでしまうのか、黒い袋をかぶった男とは一体何者なのか…? これら
の謎に対する明確な答えが見つからぬまま、徐々に人々が街から消えてゆく様子
を、なす術もなく見守る事しか出来ない無力感と閉塞感が恐怖とごちゃまぜになっ
て、観ている内にマジで憂鬱になって来ます。 精神状態が不安定な方や、生の実
感が希薄な方がこの映画を観るのは冗談抜きでちょっと危険かも。 それぐらい強
烈に“死”について意識させられる内容です。

物語中盤で、『死者の世界にも容量の限度があって、行き場を失った死者達が新
たな居場所を求め、こちら側(人間)の世界にやって来たのが“幽霊”の正体なので
はないか』という仮説が、武田真治の口から語られます。 という事は、あかずの間
というのは、こちら側の世界における死者の居場所…という事になるのでしょうか。
やがて死者は、おぼろげな存在である事を止め、ネット回線を通じて活動の領域を
全世界へと広げていったという辺りまでは何となく理解できたのですが、それと引き
換えに世界から人間の姿が消えていった理由に関しては、とうとう最後まで分から
ずじまいでした。 分からないからこそ余計に怖いんですけどね。

そういえば、『』という作品も、最終的に世界から人間が姿を消すといった結末だ
った様に記憶しておりますが、黒沢清監督は“人類が消えて失くなる”という終末の
イメージに、よほど強いこだわりがあるのでしょうか。

それから、給水塔の上から女性が飛び降りるシーンも強烈なインパクトがありまし
たね。 幽霊の正体も、人々が消えゆく理由も、何もかもが曖昧で不可解なヴェー
ルに包まれているクセに、この自殺のシーンだけは飛び降りてから地面に叩きつ
けられるまでの一部始終が鮮明に描かれてるんだもん。 この先、“飛び降り自殺”
って単語を耳にする度に、このシーンを思い浮かべる事になるんだろうなぁ…。

続きを読む

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

  1. 2010/04/02(金) 17:46:59|
  2. 映画レビュー
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0

役所広司 葉月里緒奈 小西真奈美 / 叫

ハローキティ
ワケもなくサンリオ

どうも。 ギャグ漫画ゲリラ・中川ホメオパシーの篠崎愛担当、ブロッケンです。

黒沢清脚本・監督の映画『』を観ました。 

東京湾近郊で赤い服を着た女の死体が発見される。犯行現場に駆けつけた刑事・吉岡
(役所広司)は、そこで何故か“自分のコートのボタン”を発見する。その後も同様の手口
による殺人事件が相次ぎ、その都度身に覚えの無い“自分の痕跡”を見つけ、困惑する
吉岡。 そんな彼の目の前に、突如赤い服を着た女の幽霊(葉月里緒奈)が現れる…と
いうあらすじ。

日本ホラー映画界のクロサワと云えば、取りも直さず黒沢清監督の名前が挙がる程に、
世界的にも評価の高い氏の、2006年の作品。今作のパッケージには、でかでかと“Jホ
ラー史上最恐”のコピーが踊っておりましたが、そこまで声高に喧伝するほど怖くは無か
ったというのが正直な感想です。 単純に怖さだけで比較するなら『呪怨』の方がヤバい
と思う。 

そもそも、葉月里緒奈演じる“赤い服の女”からして、あんまり怨霊っぽくないんですよね。
普通に会話出来るし、触れられるし、律儀にドアから帰るし(これには笑った)、おまけにス
ーパーマンよろしく両腕を前に突き出して空まで飛んじゃうんだもん。 “怖い”っつうよりも
“新しい”とか“オイシイ”って表現の方が適切なんじゃないかな、と。

そんな“赤い服の女”に翻弄される刑事・吉岡を演じるのは、黒沢清作品の常連・役所広司
どうでもいいけど役所広司って、極端に顔がデカイっスよね。恋人(?)役の小西真奈美
顔がまた極端に小さいから、余計にそのデカさが際立つのかも。 そんな役所広司小西
真奈美
の膝まくらの上で頭をなでなでされるシーンが、妙におかしかったと同時に羨ましく
もありました。 俺もコニタンになでなでされたいッス。 

この『』という映画、先述した様にそれほど怖くは無かったんですけど、“面白い”か“面白
くない”かで言えば、断然面白かったです。 謎が謎を呼ぶストーリー展開と実力派キャスト
陣の好演により、最後まで緊張感が途切れる事なく作品の世界に没入する事が出来ました。

しかし!幾重にもはり巡らした伏線の数々が、ほとんど回収されないままスタッフロールに
突入した時は、思わず『ギャフン!』って叫びそうになりましたね。 なんでもこの映画、セル
DVD版の特典として“アナザー・エンディング”なるものが用意されてるそうじゃないスか。
何だよソレ。その“アナザー・エンディング”を観る事によって、初めて全ての謎が解き明かさ
れるとかってハナシなの? だとしたらすごく哀しい。 そんなら最初っからそっちを本編の結
末に据えればイイじゃんって思うし、 逆に“アナザー・エンディング”を観ても何一つ謎が解
明されないのだとしたら、それは単なる蛇足って事でしょ?つまり、どっちに転がっても残念
な結果しか待ってないと思うんですよね。  こんな後出しジャンケンみたいなお茶の濁し方、
して欲しくなかったなあ。  勿体無いなあ。

続きを読む

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

  1. 2010/02/04(木) 17:24:02|
  2. 映画レビュー
  3. | トラックバック:7
  4. | コメント:0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。